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【談議1】水野氏と戦国談議(第十八回)

神仏と物神が媒介する市観念

                                                          談議:江畑英郷

 前回は、永仁の徳政令の条文「利銭出挙の事」に注目し、そこから無利子貸借が中世社会において重要な役割を果たしていたことについて考えてみた。そこで「どういった経済構造であれば、無利子の貸借が成立するのだろうか。そして現代社会とは何が違うのだろうか」という問題提起をしたのであるが、これに対して水野青鷺氏より「無利子貸借は、一年に一度年末に決裁されていたこともあり、もともとの価格自体が掛け値であったろう」というコメントが寄せられた。
 この無利子貸借の「価格」とは、物を貸し出す際のレンタル料を指しているのであろうか。前回は「無利子」のということで、基本は金銭貸借を対象としていた。金銭貸借における「価格自体が掛け値」というのはよくわからないが、いずれにしても主旨は無利子の貸借はあり得ないだろうということだと思う。しかしそうであると、前回述べたことの甲斐もなくなってしまうので、今回はその補足も兼ねて話を先に進めてみたい。
 前回の最後に、「この経済活動を語るための基礎用語が使えないということは、現代社会と中世・戦国社会に知の断絶があるということである」と述べた。まさにこの知の断絶があるが故に、現代に生きる我々に、中世社会が無利子貸借に大きく依存していたという主張を受け入れ難くしているのであろう。したがって、現代社会と中世社会の知の枠組みについて、少し考察してみる必要がある。前回は大谷禎之介氏の『社会経済学』から、資本主義社会における利子がどのように説明されるかについて引用したが、それは我々の生きる現代における知の枠組みを確認するためであった。しかし一方の中世社会における知の枠組みについては、それをせずに終っている。そこでまずは中世社会における市場について考え、そこにこの時代の知の枠組みを見てみることとしよう。

 勝俣鎮夫氏の『戦国時代論』には、第二章に「交換と所有の観念」と題する論文が掲載されている。そこで勝俣氏は、「虹の立つところには市を立てなければならない」という中世の観念を紹介し、「虹の立つところは、神々が降りてくる天界からの俗界への出口、俗界からの天界への人口とされた」と述べている。そして虹立つ場では、「神迎えの行事をすることが必要であったのであり論理的には、その祭の行事そのものが、市を立て売買を行なうことであった」と主張するのである。

 このことは、中世の市が三斎市・六斎市という斎日に開設されたこととも関連する。六斎日は、阿含経・四天王経などにもとづくもので、天界から四天王が下界におりてくる日とされているからである。(中略)
 さて、このような虹を媒介にした最もプリミテイブな市観念より考えれば、市の聖域性は、市で市神をまつる形態はもちろんのこと、共同体をその外から分かつ異界との境界領域よりも、他界との境界領域としての神の示現する聖地のかたちのほうが古く、そこに立てられた市での売買などの交換行為そのものが神々を喜ばせ、祀ることに通ずるという観念が、その本質をなすものであった。おそらく、中世においてもなお強くみられる売買・商取引は市の日、市場で行なわれねばならないという市のもつ特性、また古代・中世の市立が仏神事興行と意識されたのは、このような原初的市観念に出来すると思われる。

(『戦国時代論』勝俣鎮夫著)

 ここで勝俣氏が述べる「原初的市観念」では、神の示現する聖地を選んで市を立て、その市での交換行為が神々を喜ばせ祀ることに通じるとされている。虹が立つ場はどこと特定できないのであるが、その場は日常空間から切り離され「聖域」となる。そしてこの「聖域」は、異界との境界領域というよりも、共同体どうしの接界、普段は共同体内部に籠もっている人々が出会い接触する場として、共同体間の通路となる。
 この「聖域」と「市」の結合は、聖域だから市が立つというよりは、物の交換の場を求めて聖域を社会自らが作り出すことに基づいているように思う。つまり「呪術的観念」に囚われていたがために「市を立てなければならない」とされたのではなく、「市を立てなければならない」から聖域を演出する必要があったということである。物を交換して生存の必要を満たすことは、いつの時代でもどの社会でも不可欠なのであって、交換の要請は信仰に先んずるといったところではないだろうか。そして現代の我々が思うほどに物を交換するということが簡単ではないために、聖域性が必要とされたのである。このことは、この後少し先で考察してみることにしよう。
 さらに勝俣氏は「原初的市観念」について、「市での売買などの交換行為そのものが神々を喜ばせ、祀ることに通ずる」というのであるが、なぜ交換行為が神々を喜ばすのであろうか。一つには、「古代の市は、たんに売買が行なわれる場としてのみ存在したのではなく、そこに集まる人々の交歓の場でもあった」からである。

 市で行なわれた歌垣にみられる男女の交歓を、広い意味での「交換」ととらえれば、人々はたんに市に物の交換に来るだけではなく、市に来た人間自体が、市場内では交換可能な人間に転化するものという認識をもっていたことが知られる。
(同書)

 人々の交歓、そこには男女の交歓も含まれる、あるいはそれが中心なのかも知れないが、その交歓・喜びが神へ感応する。そして神との感応がさらなる人々の交歓となり、人と人、人と神が一体となるといった祭りに通じる意味合いがあったというのである。そしてそれが日常的な共同体を超えて為されるところに、祭りとは異なる市の独自性があったのであろう。交換行為が神仏を喜ばせるという論理には、さらに重要な側面がある。

 市での売買も、市場外での売買と同じく、現象的には、売手と買手の合意にもとづく交換であったが、より厳密にいえば、市での売買は、売手も買手も同じく市に来て、その売買物を神に供物として棒げ、神からその交換物をそれぞれ与えられるというかたちで売買がなされたのであり、その本質は神との交換・売買であった。
(同書)

 市における売買行為は、「その売買物を神に供物として棒げ」るという論理に基づいているのである。そして神は供物を捧げられるのであるから喜ぶのであり、その捧げられた供物を人に与えるという恩恵を施す。恩恵を与えられたことで人々は神に感謝し、神の寛大さと慈悲深さをあらためて認識することで再び神は喜ぶというわけである。ここに示される神を媒介とした交換は、「呪術的観念」云々というよりも、神をダシに使って必要な交換を実現しているという印象を受ける。しかしそうであるのならば、必要な交換を果たすために、なぜ神をダシに使うなどという不謹慎なことまでしなければならないのだろうか。

 わが国では、ある人が所有している物、とくに長い間身につけている物は、その所有者の「たましい」を含み込んだかたちで存在するという強い観念が存在し、その「もの」は他の「もの」によっては代替不能と考えられていた。盗まれた「もの」はすでに「盗人」の「たましい」の一部を含み込んでいる不浄なもの、けがれたものとされ、被告者は発見された盗品を「失われたもの」とみなし、これをひきとらないケースが多くみられた。
 このような呪術的な物に対する所有観念は、当然、物の交換あるいは増与の形態を強く規制する。古代や中世においても男女の婚約など一体化の「しるし」として互いに身につけていた衣を交換する風習が見られるが、これは衣がそれを着ているものの魂のつきどころとして魂の交換を意味し、両者を結びあわせる役割をになっていたことによる。このように魂を含み込んだ物の交換・贈与は、その交換・贈与を行なう両者にそれぞれの交換物の攫取力にもとづく相互関係を必然的になりたたせ、あるいはその関係を強化させた。そのため不特定の見知らぬ他者との間の交換はその物の持主の心がわからないものとして、その交換物の所有は危険なものとして忌避された。とくに交換された盗品の所有は、その所有者に災いをもたらすものと考えられたのである。
 このような所有者とその魂を含む所有物との呪術的関係を絶ちきってしまう「浄め」の場として、市は存在した。

(同書)

 ここで勝俣氏は、市で交換される対象物は人の所有物であるが、それは所有権を有する物といったような意味での所有物ではなく、所有者と共にあって所有者にその使用価値を提供し続けてきた「もの」であると捉えている。勝俣氏はこれを「呪術的な物に対する所有観念」と呼んでいるが、むしろ呪術とは無関係に「もの」とは本来そうしたものであるのではなかろうか。自分と共にあり自分を支える物には、現代の我々であっても愛着を抱くものである。そのこと自体を「呪術的」と、表現する人は今日であってもあまりいないだろう。愛着が度を越せば呪術的ともなるのかも知れないが、現代であっても状況によっては物の背後にある何ものかに強く反応する場合はいくらでもある。例えば、盗品や何か得体の知れないものは、気味悪く感じ手に入れたくないと思うであろうし、死人を出した事故車を平然と購入する人はまずいないだろう。したがって、誰の物ともわからず、その物がどのように使われてきたのかわからない物は、迷信とは遠く離れているはずの現代人でも避けようとするのである。
 現代において売買品に他人の手を感じないのは、一つには売買品の多くが「新品」であるためである。この「新品」とは、人というよりは機械生産によって生み出されたバージンであることによるのだろう。そして「新品」に対して「中古品」が区別されるが、その上で中古品も売買されている。これは新品もそうであるが、経済市場を通すことで物が「商品」と認識され、そこに現代の我々は「浄め」の働きをみているのかも知れない。それでもやはり、現代では「新品」と「中古品」は区別される。それは使用価値に差があるというよりは、バージンかいったん人の手に渡ったものかの違いに敏感だからであろう。そして中世においては、「新品」と「中古品」の識別は基本的になかったのではなかと思う。すべては人の手にあった「もの」であり、その意味ではすべての「もの」は中古品なのである。人は「もの」と通い合って生きているのであり、中世の市はその「もの」を物に変換する場なのである。こうしたことから程度の差こそあるが、他人の手の中にあった物を「新品」と区別している点で、現代人も中世人と同様の感性を持っているということである。

 勝俣氏は、『戦国時代論』「交換と所有の観念」の冒頭において、「人と物との間にある関係の素朴な観念の一端を、売買という所有物の移転形態を媒介にして考祭する」ことがこの論の目的であると述べている。したがって市における売買・交換という行為を、「人と物」の関係から考察しているのであるが、今一つ、市における人と人との関係から考察することが必要であると思う。中世の交換においては、人の手から「もの」が離れて「浄め」られることで、はじめて他の人の手に渡ることができる。先に物の交換はそう簡単なことではないと述べたのは、このことを示すのであるが、さらに交換者どうしがそのままでは無垢の売り手・買い手ではないということも考慮しなければならない。
 例えば貴族がその所持品を手放したいと思ったとして、それを農夫が買うことを許容できるであろうか。多くの土地の作職を所有して財力がある百姓だったとしても、貴族からみれば地下の卑しい身である。雅な身で愛でていた物を、下賤の匹夫が汚れた手で触れるのかと思っただけで、貴族はそれを屈辱と感じるに違いない。こうした状況下では、簡単に売買が成立することはない。これは少々極端な例かも知れないが、社会的な属性が交換に持ち込まれると、それがスムーズに進まないということは理解してもらえるだろう。この談議の第十六回においても述べたように、「贈与と貸借は既知の関係内取引であり、売買は関係不問の取引として規定できる」のである。市場貸借と市場売買においては、売り手と買い手の社会的属性が捨象されていることが前提である。いわゆる「しがらみ」というものは、市場に持ち込まれてはならないのであり、自由な売り手と買い手による純粋交換の場が市場なのである。
 中世のおける純粋交換といえば楽市場を思い起こすが、勝俣氏は同書において、楽市場の特徴として以下の点をあげている。
 
・市場内では市場外での債権・債務関係が消滅すること。
・逃亡奴隷・犯罪人も市場内ではその追及をまぬがれ、市場住人となることにより解放されること。また武士の居住は禁じられていること。
・市場内では、市場外での敵味方の区別なく、誰でも自由に平等な立場で商売ができること。
・市場住人の犯罪において縁座・連座が否定されていること、また外部の縁を頼む付沙汰などが禁止されていること。
・盗品を売買しても、罪にならないこと。


 これに続けて勝俣氏は、「このような特性をもつ楽市場について、網野善彦は“無縁の原理”がつらぬく場と定義しているが、この原理によって、はじめて前記の諸特徴が総合的に理解できる」と述べている。市場とは「無縁の原理」が貫かれねばならぬ場であり、その点は今も昔も変わりが無いのである。

 人はこの市場に入ることにより、俗界から見れば俗界のあらゆる縁が切れ、聖界から見れば神仏と結縁したことになったのであり、神仏を唯一の主人として個人個人が関係を結ぶ平等な関係が成立することになった。そしてこの論理は、原初的な市場がそのなかで一般社会の日常的諸関係をかえてしまう論理と同じであった。
(同書)

 なぜ市場においては、社会的属性が捨象される「無縁」でなければならないか。それは「平等な関係が成立」することが市場の要件だからである。市場は物の交換の場である。物の交換を第一義とする場合、それを阻害する要因は排除されなければならないが、身分の上下や債権・債務関係、逃亡者、犯罪人、そして敵味方などは、その属性を持ち込めば明らかに交換行為を阻害する。そしてそうした俗縁が日常的な共同体内部の有り様なのであり、その有り様を超えての交換の要請が市場を求めたのである。したがって物の交換を第一義とするのであれば、社会的属性を捨象して、そこに平等な関係を出現させねばならないのである。

 さて、中世における市場とはいかなるものかをみてきたが、その特徴であった無縁性や対等性は、現代の市場にもそのまま適用できるものである。中世と現代の市場の違いは、市場たるために不可欠な特性である無縁性や対等性を実現する媒介が異なっているだけである。中世世界において無縁性や対等性を実現するには、神仏の聖性が必要とされた。それが現代においては、商品の物神化に取って代わられているのである。この商品の物神化ということは、マルクスが言い出したことである。物神という概念は、物が人を超える力を持つということで、市場においてはその力が人の属性を断ち切るのである。かつては神仏が媒介することで市場が成立していたのであるが、現代では神仏の聖性は商品の物神性に駆逐されたのである。
 このように媒介は異なっているが、市場がもつ無縁性や対等性においては中世も現代も変わらないとするならば、知の断絶を起しているものはこの市場の外側にあることになる。無縁の外に拡がる有縁の場こそ、現代とつながっていない未知の領域ということである。有縁世界は無縁性や対等性が実現できない場であるため、交換行為が原理的に成立しないのである。つまり物の移動が売買として現れるのではなく、贈与性や貸借性を強く帯びた行為によって実現されている世界である。そしてこのことは、この談議の十四回から十七回まで継続的にテーマとしてきたことでもある。第十四回の「融通」、第十五回の「国質・郷質・所質」、第十六回の「贈与と借り」、そして第十七回の「無利子貸借」は、すべて市場外の有縁場における物の移動、すなわち中世の生存を支える社会基盤についての議論だったのである。
 無利子貸借はあり得ないだろうという見解は、無縁市場においては正しい。しかし中世世界には、社会の根底に有縁の場が大きく横たわっていたのであり、そこにおいては利子付貸借のほうが成り立ちにくいのである。社会に根ざす有縁の場の存在、これこそが知として失われてしまっているものの本体ではなかろうか。おそらくこのことは我々の事象認識の仕方にも深く関与しており、知のあり方に大きな断絶をもたらしているのだろう。「呪術的観念」という理解はそこから発生しており、有縁場というものがもはや理解できないためにそれがマジカルな幻想に写っているように思える。網野善彦氏は「無縁」を主張したが、思うにむしろわかったつもりの「有縁」のほうが遠い存在なのである。そして実のところ、あの「当知行」の「当」もこれに連なるものであると考えているのであるが、次回はこの中世社会の基底部を支えていた有縁場というものについて考えを進めていこうと思う。

by mizuno_clan | 2009-08-04 21:26 | ☆談義(自由討論)