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桶狭間合戦についての一考察
                                               筆者:助八郎

 桶狭間合戦の信長の乾坤一擲の挑戦に関して、表面的には「血湧き肉躍る男気のガチンコ対決」と高校生時代までは思っていましたが、大人になるにつれて大人の世界、特に政治の世界は、恐ろしいほど綿密に組み合わされた駆け引きがパズルのように組み合わされ、それがケースバイケースによって姿形を変化修正しながら、己が利益に結びついていく綱引きであった事が分かってくると、初めて戦国史を描いた歴史小説は「薄いのだ」という事に気が付きました。
 個人的には、我が美濃加茂市の戦国武将佐藤紀伊守忠能にも謎を感じているのですが、同様に水野信元にも謎を感じていました。横山光輝の『徳川家康』には、生来酷薄に描かれていましたが、実はしたたかな政治家であったと考えていました。これについては、ブログ「∞ヘロン『水野氏ルーツ採訪記』」のサイトに辿り着いてから確信しています。

 織田・今川の経済戦争は、現代のアメリカを見ていれば人間は何も変わっていないと思ってしまいます。――政治は経済を生み出し、生み出した経済に縛られ、時には経済を守るために他国を踏みにじるものである。――
 尾張流通経済が日本全国で商売が出来るように、「尾張経団連」(熱田商工会連合会主管)の推薦を受けた若き織田三郎(信長)が、「今川社会主義的統制経済」の拡大を阻止するという経済戦争のシナリオが「遠州と尾州の商人」によって描かれていたのは言うまでもありません。
この経済戦争のシナリオは現代史からみても古いものではないと思います。だから信長の軍事
的作戦が、サミット開催国である水野信元領近隣で行われたのだと思います。水野は元々自国経済保護のために織田の力を利用して今川社会主義勢力を駆逐したかったが故に、今川軍団を「はめた」のだと思います。
そして義元側近は水野経済と織田経済の乾坤一擲の牙に偶然倒れてしまった。――ゴルバチョフが西側経済に丸め込まれてしまったように。――
 実際の戦いの現場では二万数千の軍兵を各陣地に駐屯させ、手勢を分散していた義元は、千数百の旗本とその雑兵だけに守られていたのではないでしょうか。
しかも「信長は戦わずして降参するかもしれない」などというデマが、様々なルートから入っていたかもしれません。そこで義元自身は油断はしないだろうが、取り巻きの近臣が油断していたのかもしれません。

 目の前で水野信元が氷上陣地を退き、その監視役であり熱田神宮の手先でもあった千秋四郎が、責任をとって信長の目の前で白兵戦を「演じ」自決した訳は、水野の裏切り行為への加担はしていない事を証明したつもりであった。しかし信長は水野が二重スパイである事を理解していたことから、千秋は「無駄死にだ」と感じていた事と思います。
今川も、信長が家臣の手前「今川に屈するところを見せられない」と打診されていたことから、義元は千秋の突撃を切っ掛けとした「全軍を信長本陣に突入する采配」をしていない。そして信長本陣はおけはざま山の至近距離までスルスルと近づいていきます。なにも知らされていない近臣は諫めるが、信長は関係なくおけはざま山の麓までたどり着くと軍を止めた。敵陣にむき出しの状態でいることは近臣達を恐怖させていた事だと推測するが、当の信長自身は「義元はやはり油断している」と確認した故の行為であった。また村人が義元本陣に貢物を持ち込んで歓待していることも「制圧に時間をかけなくても済んだ」と義元を油断させる要因となった。
 氷上陣地を離脱した水野は「義元に対して敵対しないという意思表示」をしたと同時に、対する
信長には「背後から義元本陣を襲う準備を開始しました」という合図になっていたのだろうと思います。
水野が義元の退路を断つ陣立てを完了するであろう時刻に、信長はおけはざま山を駆け上がり義元本陣に突入した。
水野は「義元が逃れてきたところを襲って手柄にするパターン」と同時に、「義元を救い各陣地に散らばる今川勢を糾合して織田と敵対する」という離れ業を準備していただろう事は想像に難くない。
結果的に信長自身が義元を討ち取ってしまったので、水野は効果的な結果を出す事無く帰城したが、完全に織田方のスパイであったと判断された水野信元の弟信近は、鳴海城から撤退途上の岡部元信に「お前スパイをやったのか、道理でさまざまな情報が入ると思ってた、武士として腹を切らすことまかりならぬ」と攻め立てられたが、信元は松平と織田の仲介策を弄して四苦八苦している最中なので、松平元康の去就が定まっていない状態で、実弟信近に援軍を送るわけにはいかなかった。

 以上が私の推測です。何の史料も持たず皆様の研究の成果に妄想を展開してしまいました。

                                                     《了》
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by mizuno_clan | 2008-07-18 07:16 | ★研究ノート