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レポート「天白元屋敷遺跡の発掘調査現場現地説明会」

レポート「天白元屋敷遺跡の発掘調査現場現地説明会」

 本日、水野氏史研究会々員で、自動車&歴史ライターの水野 誠志朗さんが、「中日新聞プラス」に、先日の遺跡見学の模様をアップされました。
 また、この遺跡見学については、水野氏史研究会公式「Facebookページ」にも、多数の関連記事をシェアしておりますので、ぜひ御覧下るようご案内致します。


●「信長の尾張支配研究に重要な、天白元屋敷遺跡発掘調査の見学会」2015/1/13
http://chuplus.jp/blog/article/detail.php?comment_id=3276&comment_sub_id=0&category_id=233&pl=65846098

●水野氏史研究会公式「Facebookページ」
https://www.facebook.com/pages/%E6%B0%B4%E9%87%8E%E6%B0%8F%E5%8F%B2%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A/269053066545325?pnref=lhc


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by mizuno_clan | 2015-01-15 12:20 | Event-2(諸事)

「天白元屋敷遺跡の発掘調査現場現地説明会」

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「天白元屋敷遺跡の発掘調査現場現地説明会」

 本ブログ記事既報のとおり、本会会員で、「志段味の自然と歴史に親しむ会」世話人の高木傭太郎(愛知東邦大学非常勤講師)氏から、再度メールでご案内がありましたので、会員ならびに本会支援者のみなさまにご報告致します。

 「天白元屋敷遺跡の見学会とシンポジウム」については、12月中に開催をするということで、かねてより準備がすすめられていたが、区画整理を取り仕切る公社がストップをかけたもようで、その後進展が観られなかったが、本日26日の御用納めの日になって、ようやく、名古屋市教育委員会文化財保護室から以下の通り開催を知らせてきました。

 この遺跡は、日本中世の尾張地区のみならず、全国に多大な影響をお及ぼしたとみられる歴史的にたいへん貴重な遺跡であることから、それらの無秩序な破壊を阻止すべく、また現状の保存に向けた活動として、みなさんの積極的なご参加を熱望します。



                  

   天白元屋敷遺跡の発掘調査現場見学会と説明会を開催します

                    主催:株式会社二友組 (担当:湯川)
                    共済:名古屋市中志段味特定土地区画整理組合
                   協力:名古屋市教育委員会


●日時:平成27年1月10日(土)
   午前11時~正午 & 午後1時30分~午後2時30分

(A)【現場見学会】
時間:午前11時~正午
会場:天白元屋敷遺跡発掘調査現場
   市バス または、ゆとりーとライン の「寺林」バス停下車 徒歩15分
定員:なし、参加無料
名称:「天白元屋敷遺跡発掘調査現場見学会」
  ①調査担当者による調査成果の説明
  ②発掘調査現場の見学
  ③出土遺物の展示


(B)【遺跡説明会】
時間:午後1時30分から午後2時30分 (開場午後1時)
会場:名古屋市中志段味特定土地区画整理組合
名古屋市守山区大字中志段味字二ツ塚2239番地
http://www.nagoya-tkr.jp/kumiai/nakasidami/nakasidami01.html
   市バス または、ゆとりーとライン の「中志段味」バス停下車 徒歩10分
定員:60名(先着順・開場午後1時)参加無料
名称:「天白元屋敷遺跡説明会」
 ①名古屋市教育委員会・学芸員による、天白元屋敷を中心とした遺跡について説明
 ②二友組(にゆうぐみ)調査担当者による、平成25年度および26年度発掘調査成果報告
 ③出土遺物の展示


【注記】
※荒天の場合は、1月11日(日)に延期。さらに1月11日(日)も荒天の場合は、発掘調査現場見学会を中止し、説明会のみを開催。
 開催の有無についての問い合わせ先は、株式会社二友組(担当高木、080-3574-6319 午前9時から)まで。
※発掘現場は、足下が悪いため、歩きやすい靴で参加して下さい。
※各会場には、駐車場も用意していますが、数に限りがあるため、できる限り公共交通機関を御利用下さい。
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<再掲載>
瀬戸・東濃の焼き物を積み出した川湊の「居館(城)」遺跡(名古屋市守山区中志段味天白元屋敷遺跡)を中核にした、「自然とお茶文化の里・志多味苑(仮称)」構想の提案
         「志段味の自然と歴史に親しむ会」世話人  高木傭太郎

はじめに 
 去る11月8日の中日朝刊の記事によりますと、現在発掘調査中の名古屋市守山区中志段味天白元屋敷遺跡から、最大東西110メートル南北100メートルの可能性のある有力者の居館の溝(名古屋市域最大)が出てきているとのことです。
 また、発掘の調査員から私が直接うかがった話によれば、出土した三万点余の遺物の内、6割が鎌倉期末期から江戸期初頭のものであり、瀬戸・東濃の焼き物が多く、その多さからして、この館は、庄内(土岐)川の積み出しの川湊の施設であるとのことでした。
 遺跡の全貌を知るには、調査報告書の公表を待たなくてはなりません。しかし、今回の調査は、開発を前提にした記録調査で、計画では来年三月までに調査を終え、この遺跡は調整池建設のために破壊することになるとの説明でした。つまり、市民や研究者がこの遺跡の全貌を知り、その価値の検討を開始する頃には、この遺跡は破壊されていることになるという日程で、事態は進められています。
 私は、取りあえずは、この調査を中断状態に留め、調査報告書の公表後に十分な時間を取って、広く市民・研究者の意見を求め、この遺跡の持っている潜在的価値を見定めた上で、開発か保存かの方針を決めるという手順を踏むべきであると考えるものです。
しかし、こうした手順が全く期待できない状況で進んでおり、しかも緊急を要しております。そこで、この遺跡の破壊を止めるのは、この事業の直接の執行者である中志段味の区画整理組合と公社のみでなく、この事業の管理責任を持つ市当局の直接の判断を求める以外にはないと考えました。
 そして、その際の判断材料にしていただくために、以下の二つの文章を提出することにいたしました。
一つは、この天白元屋敷遺跡が、現在の時点でわかっている「瀬戸・東濃の焼き物を積み出した川湊の居館(城)」という点だけからしても、従来の志段味地区のイメージを変えると同時に、様々な点で歴史の認識の変更をせまる画期的遺跡であり、今後歴史の解明や書き換えを通して、市民の歴史認識に大きな影響を与える貴重な遺跡であることを一歴史研究者として述べたいと思います。
二つは、現在の計画に対して、遺跡の保存を中核にした「自然とお茶文化の里・志多味苑(仮称)」構想を提案したいと思います。
(1)天白元屋敷遺跡の「川湊の居館(城)」は画期的発見
この遺跡が、画期的な発見といえる第一の理由は、志段味の歴史のイメージを大きく変えることです。私は、「名古屋のチベット」という言葉を聞いたことがありますが、志段味地区は、主要な交通道から外れた辺鄙な場所であり、貧しい農村地帯で、古墳や民俗文化が残されているものの、文化的後進地帯であったとのイメージが定着しています。
今回の発見は、そのイメージは江戸期の歴史によってつくられたもので、それ以前は、経済・文化の先進地帯であったことを明らかにすると思います。
庄内川の流通については、これまでの歴史では全く触れられていません。その中流域に名古屋市域最大級の居館(城)があったことが驚きといえるでしょう。
従来の尾張の流通は、伊勢湾沿岸の湊と木曽川・五条川流域と鎌倉街道を軸に考えられてきました。そのため、尾張の歴史もこの西南部で描かれ、尾張東部と志段味地域は、歴史のない経済・文化の後進地帯とのイメージが定着しました。
しかし、今回の遺跡の発見は、庄内川の志段味地域までは、船運が盛んな重要な流通路であったことを明らかにしました(これより上流の定光寺付近は渓谷であり船ではいけません)。江戸中期まではまだ新川は作られていませんので、五条川は庄内川と合流しており、この五条川・庄内川が、尾張平野の物流の大動脈であったと思われます。五条川は、伊勢湾沿岸部と結ぶだけでなく、木曽川とも結ばれており、長良川と木曽川の合流地点であった墨俣とも結ばれていた交通路であったことは中世の旅の記録に出てきます。
志段味の川湊の重要性は、瀬戸・東濃の焼き物地帯を後背地に控えていることにあります。瀬戸・東濃の焼き物は、生産地の窯址については多数発掘されて研究がすすんでいるものの、どこから運びだされ、流通がどのように行われたかについては、従来明らかになっていませんでした。この時期の瀬戸・東濃の焼き物は、一般には「古瀬戸」として知られ、中国・朝鮮の焼き物の代替品として釉薬をほどこした唯一の国産高級品として普及したもので、全国の城館遺跡や都市遺跡から多数出土しており、当時の先進文化の代表的なものです。
 この遺跡の詳細な調査が進展するならば、どの時期にどこの窯で焼かれた物が、この川湊の館を通じてどこに運ばれたかを解明することになります。それは、焼き物の流通史の解明に大きく寄与するだけでなく、志段味地区がその流通の要の位置にあった先進文化地帯であったことを明らかにすると思います。

第二の理由は、この流通に関与した館の主を通して、この時期の東海地域の政治史のみならず、全国政治史にも多くの論点を提示する可能性を持った遺跡であるという点です。それは、この遺跡から新たな歴史認識を求める話題が、今後発信されることを意味し、従来尾張西部を中心に描かれてきた歴史のイメージを大きく変えることになると思います。
 既に、鎌倉期においては、瀬戸の焼き物は、幕府権力を掌握していた北条氏の直接の支配下にあったことが指摘されています。とするなら、この遺跡の遺物の多い南北朝期・室町期・戦国期・織豊期・江戸幕府成立期においては、どのような政治権力がこの焼き物の流通に関わったかが問題となります。
まずは、この居館(城)の主(あるじ)が問題となり、出土遺跡と他の史料とをあわせて、活発な議論が展開されると思われますが、その場合、幕府・守護大名・戦国大名・信長・秀吉・家康とこの館の主との関係が当然注目されるところでしょう。
 例えば、美濃の守護土岐氏は、鎌倉期は東濃の国人領主でしたが、南北朝の動乱で足利将軍に協力し、室町初期には外様大名でありながら、美濃と尾張の重要地域の守護となります。土岐氏の出世とこうした動きをもたらした要因の一つに、庄内・土岐川の流通と焼き物の支配を想定することが必要とされるでしょう。
 その後、越前から入ってきた斯波氏が尾張の守護となりますが、斯波氏や戦国期の岩倉・清須の守護代織田家が、庄内・矢田川流域とその流通をどのように支配しようとしたか、この館の主とどのような関係にあったが、まず問題となります。そして、織田信長も、尾張統一の過程でどうような関係をもったかが、検討されることになるでしょう。
例えば、織田信長が、清須から小牧に尾張支配の拠点を移したことも、庄内川の流通と志段味の川湊から北上する陸路の重要性を抜きにしては説明できないでしょう。
信長の美濃攻略過程での庄内・土岐川流域の武将達と焼き物地帯の掌握も論点の一つです。この点については、織田信長の朱印状が残されており、その理解をめぐって既にいくつかの説が提示されていますが、この遺跡の発見により、新たな視点で再検討が行われると思われます。織田信長については、「楽市楽座」政策が有名であり、その流通政策が注目されていますが、信長政権の性格にかかわるこの問題についても、この遺跡は新たな論点を提示すると思われます。

この遺跡が画期的である第三の理由は、従来、京都・堺など関西の商人を中心に描かれてきた飲茶文化の歴史に修正をせまるものとなる点です。
尾張出身の信長・秀吉は、お茶文化に深くかかわり、堺の商人の今井宗久や千利休を茶頭にした茶会を開いたことで有名ですが、そこからあたかも彼らからお茶を「学んで始めた」というイメージが定着しています。しかし、信長・秀吉だけでなく、彼らから学んだとされる佐久間信盛・織田有楽斎・古田織部など、尾張・美濃の武将達は、以前から相当高い飲茶文化を身につけていたと考えたほうがよいことをこの遺跡は語ってくれるでしょう。
 瀬戸・東濃からの焼き物の流通にたずさわるこの館の主が、自ら飲茶文化を身に着けたことは、当然考えられることです。しかも、この地の上流には、永保寺・定光寺など、中国からの飲茶文化を流入し日本への定着に大きな役割を果たした臨済禅の名刹が多くあります。江戸時代の尾張で出版された茶の指南書には、永保寺・定光寺と内津は、銘茶の産地であると書かれています。これらの禅宗寺院が領地に植えた茶の栽培が始点となって、この地が銘茶の産地となったと考えられます。
 となると、庄内・土岐川の川湊に居館(城)を構え、大陸からの焼き物の禅宗寺院への輸送に関与していたであろうここの主が、館でも茶寄合を地域の人々と開くようになっただけでなく、さらには、高価な中国の焼き物に代わって、国産の高級茶器の初期の受容者であったことは当然考えられることです。川湊の館とこの地域は、日本の飲茶文化の揺籃の場であったと考えられるのです。
 そのことを伺わせる史料が残されています。戦国期の定光寺の記録である『定光寺祠堂帳』は、「志段味」の地名に「志談味」「志多味」の字を充てています。「人と談じながら茶を味わう」「多くの茶を味わう」の意味で、この館や志段味地域が、「寄合の茶」の盛んな場所であったからこそ、この字が充てられたと考えられます。
 その伝統は、この館の廃される江戸の初頭までは続いていたようです。中志段味の庄屋もしていた旧家に残された伝承によれば、天白元屋敷の主は、尾張の殿様にお茶を教えていたとのことです。
 尾張東部と東濃は、茶器の国産化の産地であるだけでなく、その流通に携わることとこの地に普及した禅宗寺院とお茶の栽培によって、いち早く飲茶文化を取り入れ、日本に茶の文化を定着させた重要な場でもあったと考えられるのです。この地域の飲茶文化の伝統が、信長・秀吉とその家臣達に継承され、関西の茶人と結びついて、飲茶文化の近世以降の発展をもたらしたという歴史像を提示するのに、この居館(城)遺跡は大きな意味を持つといえるでしょう。

(2)「自然とお茶文化の里・志多味苑(仮称)」構想の提案
 以上の天白元屋敷遺跡の画期的意義の踏まえただけでも、現在進行中の発掘調査は、より下層の古墳・古代遺跡の発掘調査に入る前に中断し、この中世館遺跡を破壊することなく保存することが必要であることは、明らかであると思います。
 そして、調査報告書を公表した上で、研究者のみでなく多くの市民やジャーナリズムの関心を引くために、この「瀬戸・東濃の焼き物を積み出した川湊の館」遺跡を見学し、過去の歴史が想像できるように史跡公園として整備して残すことを提案したいと思います。
 同時に、この遺跡に隣接して既に保存されることになっている、「才戸流れ」と「くろがねもちの木」の自然と一体のものとして散策できるようにするといいと思います。「自然とお茶文化の里・志多味苑」という名はいかがでしょうか。
 それは、多くの市民の関心を呼び、市民の歴史イメージに影響を与えるだけでなく、志段味地区の魅力を向上させ、区画整理事業の進行にも貢献することになると思います。
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by mizuno_clan | 2014-12-26 20:29 | Event-2(諸事)

テーマ展「戦国から江戸へ ――大名水野家3代――」

茨城県立歴史館 テーマ展Ⅰ
「戦国から江戸へ ――大名水野家3代――」


 先月から、下記の要領で福山結城水野家に関する展示会が開催されております。
お時間のございます方は、ぜひご覧いただきたくご案内致します。



                               

茨城県立歴史館 テーマ展Ⅰ
「戦国から江戸へ ――大名水野家3代――」

開催日時:2014年4月8日(土)~5月18日(日)
会  場:茨城県立歴史館
      〒310-0034 茨城県水戸市緑町2-1-15
      TEL:029-225-4425 FAX:029-228-4277


●詳しくは、「茨城県立歴史館 ホームページ」をご覧下さい。






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by mizuno_clan | 2014-05-02 15:37 | Event-2(諸事)

【Event】「水野家関係自治体サミット」が開催されました

【Event】「水野家関係自治体サミット」が開催されました


 2013年8月10日、「刈谷城築城480年記念会」の開催後、会に来賓として参加された関係自治体が招集され、「水野家関係自治体サミット」が開催されました。


           

サミット名  : 「水野家関係自治体サミット」
参加自治体: 刈谷市、岡崎市、東浦町、結城市、福山市、大和郡山市、新宮市
目   的  : これからのまちづくりに、水野家ゆかりの地としての歴史を共通する財産として活用していくこと
宣   言  : 水野家ゆかりの7市町による「水野家ゆかりのまち交流宣言」3か条
         1.歴史を共通する財産として次世代へ継承する
         1.観光交流を促進する
         1.各自治体の歴史文化を大切にしたまちづくりをする



出典:刈谷市ホームページ「市長日記(一笑一若)」


関連:大和郡山市ホームページ「「平成25年8月 水野家サミット~市長てくてく城下町」
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by mizuno_clan | 2013-08-20 16:25 | Event-2(諸事)

【Event】刈谷城築城480年記念ホームページ

 2013年4月1日、「刈谷城築城480年記念ホームページが開設されましたので、ご案内致します。
 詳しくは、ホームページをご覧下さい。

   ※当記事の転載につきましては、刈谷市企画財政部広報広聴課さまのご許可を頂いております。

 


●刈谷城築城480年記念事業について

◆記念事業の基本方針
 刈谷城は水野忠政によって天文2年(1533)に築城されました。江戸時代になって刈谷藩が設けられると水野勝成が初代藩主となり、明治維新を迎えるまで9家22人の譜代大名が藩主となりました。平成25年は、この築城から480年を迎えます。
 今回の刈谷城築城480年記念事業では、刈谷城に関する展示を中心とした記念展覧会をメインイベントとして軸に据え、その他様々な関係行事を実施します。

◆本事業が目指すところ
1.築城480年を地域活性化の好機と捉え、市民が参画しまちづくりの一端を担うことができる契機とすること。
1.「歴史」という分野に、様々なイベントを通して容易に触れ合うことにより、築城500年を目標に、市内外に向けてさらなる刈谷の歴史文化の啓発と発信を進めていくこと。
1.次代の事業である亀城公園再整備計画へと機運を高めていくこと。

(以下略)
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by mizuno_clan | 2013-04-23 09:02 | Event-2(諸事)

【Event】第20回東浦町於大まつり

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 愛知県東浦町で、八重桜のきれいな4月中旬の土曜日に、恒例の「於大(おだい)まつり」が開催されます。
会場は、乾坤院(けんこんいん)や於大(おだい)公園、明徳寺川沿いの「於大のみち」です。
 かわいい於大姫や、鎧兜の武者達が行列する、まるで時代絵巻のような情景をお楽しみください。


※このまつりの転載については、東浦町うのはな館さまのご許可をいただいております。


第20回東浦町於大まつり

日 時:平成25年4月20日(土曜日)
    午前10時「さくら橋前」から行列スタート
      ※雨天の場合は、21日(日曜日)に順延
      ※20日(土曜日)午前6時30分に可否決定
問合先:東浦町於大まつり推進協議会(商工振興課内)
    電話0562-83-3111(内線288・287)

催 事
 (1)於大行列・水野家行列
    午前10時~  
    中央図書館から明徳寺川の左岸を歩いて、於大公園ステージまで。
    小学生のバトン・金管バンド、東浦音頭小唄踊り保存会・健康づくりのグループも参加予定。
 (2)於大公園ステージ
    午前10時35分~午後3時15分
    各種イベントショー等
   (以下省略) → 東浦町のウエブサイトをご覧下さい。
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by mizuno_clan | 2013-03-06 08:06 | Event-2(諸事)

【寄稿20】ワークショップ「淨圓寺・鳥居観音史料から見る近代日中関係 」»»Web会員««

【Event】ワークショップ「淨圓寺・鳥居観音史料から見る近代日中関係」


水野氏研究会 会員各位

 今回のワークショップで取り上げる、曹洞宗の水野梅暁師と浄土真宗の藤井草宣師は、一般的にはあまり知られていませんが、戦前の日中関係をみていく上で、欠くことのできないとても重要な人物です。現在、私たちグループは、このふたりについての史料調査を進めていて、この度、その中間報告を行うことになりました。来場は自由ですので、ご関心のある方はどうぞお気軽にお越しください。

                         水野氏研究会web会員 広中一成



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ワークショップ
「淨圓寺・鳥居観音史料から見る近代日中関係」」


主催:愛知大学国際問題研究所
共催:愛知大学東亜同文書院大学記念センター
日時:2013年2月21日(木) 13:00-18:00
会場:愛知大学名古屋校舎 厚生棟3F W32会議室
    (名古屋駅より徒歩約10分、または名古屋駅からあおなみ線ささしまライブ駅で下車し徒歩2分。駐車場なし)
参加:事前申し込み不要・参加費無料

趣旨
日中戦争時期を中心に、近代の日中関係は複雑かつ困難なものであった。そうした、本学の前身のひとつである東亜同文書院、さらに書院に関わる藤井草宣や水野梅暁の行動は、注意深く一次史料から検討されるべきである。このワークショップでは、そうした藤草宣と水野梅暁に関わる史料状況と、そこから見える近代日中関係の一面をあきらかにしたい。ここでは、藤井草宣に関連する史料を蔵する豊橋淨圓寺、水野梅暁の史料を蔵する埼玉県飯能の鳥居観音にスポットを当て、実際の史料調査作業の経緯を含め、報告する。

プログラム(予定)【update 2013.02.07】
主催者あいさつ
1、藤井草宣・水野梅暁について…三好章(愛知大学)・藤井宣丸(淨圓寺・草宣子息)
2、淨圓寺史料と近現代中国社会史研究…佐藤仁史(一橋大学)
3、日中戦争に関する淨圓寺史料について…広中一成(三重大学)
4、淨圓寺所蔵水野梅暁関係書簡について…宮原佳昭(南山大学)
5、淨圓寺史料のデジタル化…佃隆一郎(愛知大学東亜同文書院大学記念センター)
6、淨圓寺史料の整理について…野口武(愛知大学大学院)
7、鳥居観音所蔵史料…藤谷浩悦(東京女学館大学)・川口泰斗(鳥居観音職員)
総合討論
終わりのあいさつ…馬場毅(愛知大学国際問題研究所所長・東亜同文書院大学記念センター長)

お問い合わせ:愛知大学国際問題研究所事務室、052-564-6121
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【参考資料】

Ⅰ.水野梅暁(みずの ばいぎょう)略歴
明治10(1877)年1月2日生まれ。広島県出身
昭和24(1949)年11月21日死去。73歳

雑誌「支那時事」主催
支那時報社設立(大正13(1924)年)
日満文化協会理事
東亜仏教大会役員
著作「支那仏教の現状について」など

◉ 明治時代に愛知大学の前身である上海東亜同文書院に学ぶ。
後に曹洞宗開教師となり、湖南省長沙において、僧学堂『雲鶴軒』を開設。(のち本願寺派)
中国の文人墨客と交わり仏教の布教に従事。
外交家・ジャーナリストとしても、孫文・蒋介石といった革命派の人物や清朝最後の皇帝、溥儀など中国要人と広く交流。
玄奘三蔵法師の霊骨を日本仏教徒を代表して中国国民政府から分贈され、鳥居観音の三蔵塔を建立し納骨。


Ⅱ.白雲山 鳥居観音
 埼玉県飯能市大字上名栗3198
1.鳥居観音と水野梅暁禅師
 水野禅師が病気の静養地として、鳥居観音の開祖平沼彌太郎宅を訪れたことから、仏教を通じての両氏の交流は深まり、水野禅師は玄奘三蔵法師を祀る霊骨塔建立に携わり、鳥居観音に霊骨を分骨。 

2.鳥居文庫 
  水野梅暁の多くの遺品および中国の重要人物の書画文献数百点が鳥居文庫に収蔵。

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[註]

【ワークショップ】
 もともとは「仕事場」「工房」「作業場」など、共同で何かを作る場所を意味していた。
しかし最近は問題解決やトレーニングの手法、学びと創造の手法としてこの言葉が使われる事が多く、あらゆる分野で「ワークショップ」が行われている。
 「ワークショップ」は一方通行的な知や技術の伝達でなく、参加者が自ら参加・体験し、グループの相互作用の中で何かを学びあったり創り出したりする、双方向的な学びと創造のスタイルとして定義されている。
 ファシリテーターと呼ばれる司会進行役の人が、参加者が自発的に作業をする環境を整え、参加者全員が体験するものとして運営される。
 近年、学術大会などでも「ワークショップ」と称する集まりが開かれることも多く、研究者が興味を持っているマイナーな研究分野の研究会であることが多い。(出典:Hatena )


※水野梅暁については、その出自など不明な点が多く、現在、水野氏史研究会でも調査研究中ですが、会員各位および本記事をご覧の皆様の中で、「水野梅暁」に関する情報をご存じでしたら是非お知らせください。 (研究会事務局)



2013.3.7 update
愛知大学ニュース
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by mizuno_clan | 2013-01-30 15:11 | Event-2(諸事)

「春日井のたたら製鉄」

 今般、春日井たたら研究会 様から、慣例のたたら製鉄実験「春日井のたたら製鉄」のご案内をいただきましたので、この情報を転載いたします。
春日井たたら研究会 様は、昨年2011年10月8日(土)に行いました、第1回 水野氏史研究会主催講演会「 鋳物師 水野太郎左衛門 ――その氏族と作品―― 」の際には、色々とご協力をいただき、製鉄に関してのご教示を賜りました。
 ご都合宜しければ、ぜひ足をお運びください。
           研究会事務局

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製鉄実験「春日井のたたら製鉄」

目的:今回は、春日井市玉野地区 桃の木川から採集のソブを素材とし、製鉄実験炉2炉を
    用いて出来るだけ多くの鉧を作る事を目的とします。
日時:2012年10月27日(土) 11:00~14:00
場所:二子山公園
     愛知県春日井市二子町2丁目11番地1
主催:春日井たたら研究会

 平成16年春、春日井市小牧ジャンクション下の丘陵で、古代製鉄の跡が発見されました。
 7~8世紀頃のものとされる西山製鉄遺跡といいますが、以来、私達は、東海地方でも稀有なこの西山遺跡の存在と意義を広く伝える事を第一の目標とし、地道な活動を続けて来ました。
 最近では、古代製鉄「たたら」の実験にも意欲を燃やしています。
「たたら」とは、日本の伝統的な製鉄を指す言葉でもあります。

[要点1]サビている鉄から酸素を奪う為には、炭を燃やし高温状態にして一酸化炭素を送り込む。鉄から酸素が離れて二酸化炭素となり、後に鉄だけが残る、という原理です。
[要点 2]日本のたたら製鉄では、ふいごを使って送風して1200度以上の高温を維持しなが、と砂鉄を交互に入れて、純粋な鉄の塊(けら)を得ようとしました。
[要点3]ただし、砂鉄には不純物も含まれています。製鉄の過程では不純物は鉄より先に溶けて流れ出します。この不純物はノロとも言い、スラグとも言います。

 従来、たたら製鉄には砂鉄が使われて来ました。今回はソブを使用しています。
 ソブというのは、井戸水などにみられるあの赤茶色の鉄分ですね。あんなソブで、鉄が出来るのかどうか。是非、実験の最後を見届けていければと思います。
 春日井たたら研究会は製鉄実験の他に、古代製鉄に関わる勉強会や遺跡の見学会を行なっています。古代史や金属と人間の関わり合いに関心のある方は、是非ご参加下さい。
                              春日井たたら研究会


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by mizuno_clan | 2012-10-16 19:15 | Event-2(諸事)

「福山城築城390年記念秋季特別展」

 本会々員の福田正秀氏から、先程メールで次のようなご案内とご報告をいただきましたので、会員各位に御連絡致します。

 会員の水野勝之氏・福田正秀氏は、福山市に招かれ、10月6日の開会式に出席、および 翌7日の記念講演をなさいました。

[福田正秀氏から会員各位へのメッセージ]
 「当日、会場には福山の水野勝成公報恩会や福山城友の会、結城おもだか会、東京おもだか会、そして刈谷からも、大勢の水野家関係者が詰めかけて下さり、夜には交流会で盛り上がり、現代に繋がるすばらしい水野家のパワーを感じました。水野氏研究会の皆さまも機会があればぜひ福山の記念展をご覧いただきたいと存じます。」


◆以下に特別展の要約を記しますが、詳しくは、福山城博物館のwebをご覧下さい。

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福山城築城390年記念秋季特別展
「福山城展――城郭と城下町――」  


開催趣旨:2012年は、福山城築城390年の記念すべき年に当たり、福山城郭並びに城下町の
        さまざまな姿を多くの歴史的資料で、市民・県民に広く紹介するため開催します。

会   期:2012年(平成24年)10月6日(土)~11月25日(日)
       51日間(44日開館)  月曜日休館 ただし10月8日開館、10月9日休館
会   場:福山城博物館1・2階展示室
開館時間:9時~17時(入館は16時30分まで)
入 館 料:一般500円(400円) 高校生以下無料 ( )は20名以上の団体料金

[記念講演会](終了しました)
日時:10月7日(日)13:00~15:00
場所:広島県立歴史博物館地下1階講堂
講演:(1)「水野勝成-福山城築城への道」
      講師 水野勝之氏(水野家20代当主)
    (2)「水野勝成と宮本武蔵」
      講師 福田正秀氏(歴史研究家)
    (3)対談「加藤清正 妻子の研究」よもやま話
       (福山水野氏との関わり) 
      対談者 水野勝之氏、福田正秀氏    
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by mizuno_clan | 2012-10-09 17:04 | Event-2(諸事)

【Event】第19回東浦町 於大まつり

今年も恒例の於大まつりが開催されますのでご案内いたします。

於大の方(おだいのかた)
  享禄元年(1528年)~-慶長7年8月28日(1602年10月13日)
 尾張国知多郡の豪族水野忠政とその夫人於富の子で、忠政の居城緒川城(愛知県知多郡東浦町緒川)で生まれた。成長し松平広忠の正室となり、徳川家康の生母となる。晩年は伝通院と称した。

◆第19回東浦町 於大(おだい)まつり
 愛知県知多郡東浦町では、八重桜のきれいな4月中旬の土曜日に、於大まつりを開催します。会場は、乾坤院(けんこんいん)や於大公園、明徳寺川ぞいの「於大のみち」です。かわいい於大姫や鎧(よろい)の武者が行列する、まるで時代絵巻のような情景をお楽しみください。

日時:平成24年4月21日(土曜日)  午前10時「さくら橋前」を行列スタート
  ※雨天の場合は、22日(日曜日)に順延

※詳細については、こちら ↓ をご覧ください。
於大(おだい)まつりチラシ(PDF637KB)
問合せ先: 東浦町於大まつり推進協議会(産業課内) 電話0562-83-3111(内線344・342)
※2012.4.3 東浦町於大まつり推進協議会様に、本記事への転載の許可を得ています。


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2009年於大まつり の様子
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by mizuno_clan | 2012-04-03 13:04 | Event-2(諸事)