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【寄稿15】「金切裂指物使番」にみえる「水野久右衛門尉」(補遺1)»»Web会員««

◆本稿は、さきに投稿した「金切裂指物使番にみえる水野久右衛門尉」の「補遺1」として、新たな資料に基づき次の項目内容を追補した。――

                                            (文責:水野青鷺)

★水野久右衛門尉 ≪考証≫
1.水野久右衛門尉に関する史料
2.来島長親の経歴
3.玄興院について

■補遺1
『時空を超えて――森藩誕生四〇〇年』甲斐素純・竹野孝一郎著 西日本新聞社 2005.05. P.38に、――
[来島康親]正室は、福島正則の養女「玄興院」。彼女の名は「おちゃう」様といい(「秋山家文書」) 、実は福島正則の妹婿水野久右衛門尉の娘である。なお久右衛門は、初め豊臣秀吉の家臣であったが、妹婿の関係でのち福島家に仕えている。
正則が、一五八七(天正十五)年 東予・中予で十一万石を与えられ、伊予の大名となったころから来島家とも関係を結び、朝鮮出兵では、共に伊予の一員として出兵した。 玄興院は江戸にて死去し、墓は東京都港区の青松寺(曹洞宗)と同町[大分県玖珠郡玖珠町]森の玄興院(供養塔)にある。」


――とある。これによると、福島正則は水野久右衛門尉の義兄であり、久右衛門の娘おちゃうは、正則の養女となるが、正則の姪でもある。また、水野久右衛門尉正室のお鍋は、正則の妹であることが判明した。さらに「一五八七(天正十五)年東予・中予で十一万石を与えられ、[愛媛県]伊予の大名となったころから来島家とも関係を結び」とあることから、この頃、福島家は、新領地東伊予と海峡を挟んで近接する同伊予地方領主久留島家との間で、縁戚による一体関係強化を図るため、正則は姪のおちゃうを一旦養女とし、来島通総の次男で嗣子の康親に福島家から嫁がせたものと推察される。その後、徳川家同様に久留島家もまた外戚水野氏の血筋を継承していくこととなる。

【寄稿12】「金切裂指物使番」にみえる「水野久右衛門尉」»»Web会員««


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by mizuno_clan | 2010-05-08 18:21 | ★研究ノート