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【談議1】水野氏と戦国談議(第四十一回)

(前文へ)

 笠松氏は「中央の儀」という用語の意味を、「決定権者たる権力トップが除外された場における家臣たちの決定が、トップの意志として外部に表明される」ことだと規定した。この規定には違和感を覚える箇所があるのだが、それは「トップの意志として外部に表明される」という下りである。トップを決定権者と規定しているのであれば、なぜ「トップの決定として」ではないのだろうか。「意志」と「決定」は、簡単に置き換えられるものではないと考えるが、笠松氏が「トップの意志として」としたのには何か意味があるのだろうか。
 この「トップの意志として」という規定は、「上意と号す」からきている。笠松氏はこの「上意」という用語を、トップの権限においては「決定」とし、それが表明される段では「意志」だとする。「上意」という用語は、「中央の儀」のような意味不明な用語ではないのだが、ここであらためて辞書を引いてその意味を確認しておこう。

主君・支配者の意見、または命令。(大辞泉)
上に立つ人や政府の考え命令。(集英社国語辞典)

 このように上意には、「意見」「考え」と「命令」という二つの側面があるとされるが、ここで次に「命令」の意味も確認しておこう。

上位の者が下位の者に対して、あることを行うように言いつけること。また、その内容。(大辞泉)
下位の者に対して指示通りに事を行うように求めること。また、その内容。(集英社国語辞典)

 「命令」には、上位者が発し下位者がこれに従うという構図があるが、この点は辞書による「上意」の構図も同じである。一方で「考え」や「意見」には、当然ながらこのような構図はない。「主君・支配者」や「上に立つ人や政府」が頭になければ、意見や考えは上意の意味を形成しえないが、命令はそれ一語で上意に対応している。したがってこれに従えば、「上意」という用語は上下関係を含意する命令と個人としての意見や考えを、共に意味として抱え込んでいることになる。これに対して現代語においては、「考え」「意見」と「命令」は別のカテゴリーに属しており、その異なるカテゴリーをまたいで、それらを一括りにする用語は存在しない。そしてなぜ存在しないかと言えば、考えや意見は私的なもののカテゴリーに属するが、命令は公的なもののカテゴリーに属するからである。そして命令が公的カテゴリーに属するというのは、命令する側とされる側という上下関係が自然状態で存在することはなく、それは何らかの社会契約に基づいて形成されると考えられているからである。
 辞書における「命令」の意味は、「上位の者が下位の者に対して、あることを行うように言いつけること」である。しかしながら、この「言いつけ」に下位の者が従う何らかの保障がないと、それは命令にはならない。命令は、単に命令口調で言葉を発することではなく、それを受ける側がその命令に従う用意があることを要件として成立している。そしてその保障は、上位と下位という関係に規定されている。例えば企業の上司は部下に命令を出すが、これはこの組織の中でそのように規定されているからである。つまりこの上下関係は、職務の範囲内で命令しそれに従う関係であると規定されており、それがこの上下関係の前提となっている。そしてここで重要なのは、「職務の範囲内で」という制限がそこに存在することである。逆に言えば、職務外ではこの上下関係は無効である、ということになる。したがって「職務の範囲内で」成立する命令は、私的意見や考えではなく、職務遂行に基づいた適切な判断の結果として言いつけられているのである。
 このような意見・考えと命令を一括りにするならば、それは公私混同であり、現代社会においては重大な違反となる。私的欲望や見解を公的権限を行使して実現しようとする「混同」は、現代にあってももちろん存在する。しかしながらそれは、権限行使において公私の区別がないとか、つけられないといったことではない。したがって辞書が示すような「上意」に相当する用語は、現代には存在しない。それでは、現代に存在しない概念である「上意」の意味が辞書に記載されており、それを読んで意味が理解できるということは、いったいどういうことなのだろうか。
 「上意」という言葉は、上位者の私的意向である場合と、命令である場合とがあり、状況によって意味が異なるのだろうか。大辞泉での意味記載は、「主君・支配者の意見、または命令」なのだから、まさにこの意味であると受け取れる。しかしながらこの理解では、上位者の意向であったり命令であったりするものを、どのように見分けるかが現実場面では深刻な問題となる。上位者が、この上意は私的意見でこの上意は命令だといちいち示してくれればよいが、そんなことをするくらいなら「上意」などという面倒な用語を使うことは避けるだろう。そしてそう思うのは、私的意向と権限に基づく命令は混同してはならない、という不文律が染み込んでいる現代人だからなのである。現代語としての「意見」「考え」と「命令」は、それを一括りにすることはできず、それを一括りとした用語もまた存在することはない。したがって、辞書に示された「上意」の意味は、二つの別々の意味であって、その別々の意味をそれぞれに理解することはできても、二つ意味を包含した「上意」を理解することはできない。結局のところ「上意」とは、現代語の「意見」「考え」でもなく、また現代語の「命令」でもないのであり、この用語を「知っている」というのは、歴史からそれを引き剥がして現代語に翻訳していることによってであり、本当のところでは歴史における「上意」は未知なのである。

 ここで歴史用語と現代語の関係について整理してみると、それは次の5つのタイプに区別することができる。

①現代語と同じ綴りで同じ意味の語彙。
②現代語と異なる綴りで同じ意味の語彙。
③現代語と同じ綴りで別の意味の語彙。
④現代語と異なる綴りで異質である意味の語彙。
⑤現代語と同じ綴りで異質である意味の語彙。

 ①は読解の基本前提であって、日本の史料のほとんどがこの①に相当する。②で示しているのは異音同義語であり、③は同音異義語である。現代から時代が隔たると②と③の割合が増加するが、用例を増やしつぶさに検討すれば意味は理解可能である。ところが④と⑤は、これとは事情が異なる。②と③は綴りと意味の組み合わせが異なるだけで、別の綴りでその意味にぴったり当てはまる別の語彙が存在する。これに対して④と⑤は、史料に現れる語彙に対応する意味をもつ語彙が、現代語に存在しないのである。
 これまでの「上意」という用語の考察から、この用語がこの区分では④に該当するであろうことが伺われた。そうであるならば、それは語彙の綴りと意味が食い違っているのではなく、現代人にとっては未知の概念なのである。しかしながら、現代人にとって「上意」はそれほど耳慣れないものでもなく、時代劇などで繰り返しその用語が使われるのを見ている。そして将軍とか藩主の意向が命令となって下されたもの、という程度の理解でそれを受容している。この「意向が命令となる」を受容するためには、意向の持ち主と命令を下される側の上下関係を、ある仕方で理解しておく必要がある。それは「身分」である。この用語の意味を辞書で引くと、以下のように記載されている。

ある集団・組織における、その人の地位・資格。「―を明かす」
封建的社会における上下の序列。「―の違いを考える」
境遇。身の上。やや皮肉をこめていう。「まったく気楽な御―だ」
人の法律上の地位。民法では親族法上の夫・妻というような特定の地位をいう。

(大辞林)

 「身分」という用語は、現代においては「地位・資格」という意味で使われる。一方で歴史用語としては、「上下の序列」である。この地位と序列という用語単体ではその違いはわからないが、この用語が適用される集団・組織が、任意のものか、それとも必然のものかで、この用語の違いが示される。選択・契約の結果それが有効である間だけ成立するのが「地位」であり、選択の余地なく組み込まれ無期限に継続するのが「序列」である。したがって勤務先では地位をもち、親子関係においては序列をもつということになる。もっともこの場合の「地位」とか「序列」の意味規定は、『大辞林』に合わせた限りではあるが。
 主人の「意向が命令となる」のが可能なのは、この「序列」という意味の「身分」においてである。選択・契約によって成立している上下関係であるならば、選択の基準あるいは契約の範囲・制限がその関係成立の前提条件として存在している。そして命令が有効なのは、その前提条件が満たされている限りであり、命令は無制限ではない。上位者はその前提に則り、また前提を実現するために命令を発するのであり、それは恣意的ではありえず、関係成立の目的に対して拘束的でさえある。これに対して例えば親子関係は、関係成立の前提条件などない。したがって親が子に何かを言いつけるに際して、従うべき範囲や制限があるわけではない。そしてそのような拘束がなくとも、親の意向に子は従い、親の意向は子の利益につながるのである。「親の言いつけ」という言い方をする場合、この「言いつけ」は「上意」に近い意味合いをもつ。それは意向とも命令とも決めがたいものであるが、それというのもこの「言いつけ」の前提が「序列」だからである。このように無条件の上下関係においてのみ、上位者の意向が命令となりうる。したがってこの「身分」を前提として、あの時代劇における「上意」が理解されているのである。そしてここで重要なのは、この「無条件の上下関係」というものをどう考えればよいか、という問題なのである。
 「上意」という用語は、歴史用語と言うほど馴染みのないものでもなく、それなりにその意味もわかっているように思えるのであるが、現代社会の実場面においてこの用語を使用することはない。それは使用しないというよりも、使用できないのである。それは命令でありながら、批判することや変えることが引き抜かれており、何であっても従わねばならない絶対命令として意識するからである。「上意」とは絶対命令のことであると辞書に書かれてはいないが、封建社会では通用しても現代社会で使えない理由はこの点にある。しかしながら封建社会にあっては、絶対命令という意味の「上意」が時代劇の場面におけるように通用していた、というのは現代人の理解である。
 「絶対命令」という表現は、「命令」という用語の実質を無視したところに成立する。命令というものは、命じられたものがそれに従う用意がなければ成立しない。したがって「絶対命令」とは、命じられた者が何が何でも従う命令である。それでは命じられた者が、何が何でも従うのはなぜなのだろうか。例えば「死ね」と命じられた者が、それでも従う状況とはどのようなものか。強烈な信仰心によって、死をも辞さないということもあるだろう。それでは、その「信仰を捨てよ」と命じられたなら、それでも命令に従うのだろうか。意思をもち動機を抱える人というものは、絶対服従などできないのであり、服従するには理由が、つまりは前提が必ず存在する。したがってどの時代であろうと、無条件・無前提で成立する命令などないのである。
 「上意」において意向が命令になるには、無条件の上下関係である「身分」が前提となる。しかしながら、この無条件の上下関係から絶対命令を導き出すと、「命令」という概念が内包する意味に矛盾してしまう。このことは「意向が命令となる」という、私的意向と命令を一つに結び合わせたことに起因するのであるが、結局のところそれは、現代語としての「意向」と「命令」の概念では「上意」は捉えられない、ということの再確認となったわけである。したがって、この「上意」という言葉における現代の我々の理解は、こうして失敗していると言わざるをえないのである。

 見慣れぬ「中央の儀」の理解の鍵は、見慣れた「上意」の理解如何にかかっている。しかしながらその「上意」という言葉は、現代用語による置き換えでは、奇妙な社会の奇妙な習俗として馴染まれるに過ぎない。このような社会と言語の関係について、丸山圭三郎氏は『ソシュールの思想』で次のように述べていた。

言語はまさに、それが話されている社会にのみ共通な、経験の固有な概念化・構造化であって、各言語は一つの世界像であり、それを通して連続の現実を非連続化するプリズムであり、独自のゲシュタルトなのである。
(前回引用の一部)

 「それが話されている社会にのみ共通な」ということは、現代日本語が現代日本社会でのみ共通であり、現代日本社会でない社会では言語が異なるということである。それならば中世日本社会は、現代日本社会と同じなのであろうか。もしそれが同じというのであれば、そこに「歴史」を認めることはできないはずである。そして同じでないということならば、言語が異なるということであって、この言語間の橋渡しを翻訳によって果たすことはできないはずである。なぜならば言語とは、「経験の固有な概念化・構造化」だからである。この経験の練り込みが浸透している言語は、その経験の練り込みを共有しない者には理解できない。その固有性は、本質的に翻訳不能なのである。練り込みの違う経験どうしは、一見同じようであっても実質には隔たりがある。
 言語名称目録観では、言語外の対象が言語に先んじて存在し、言語はその対象のラベルに過ぎないと考える。この言語観においては、異なる言語間の翻訳がこの対象の先行性によって保障されている。言語の違いはラベルの違いであるが、そのラベルが張り付いている対象は同一なのである。そこでは対象の認識は言語に先立って成立しているのだから、用語と用語の対応表がありさえすれば、言語の違いは乗り越えられ相互理解が可能となる。しかしながら、この言語名称目録観の否定を根幹とする言語論的転回においては、言語が対象を規定するのだから、このような対応表を使った翻訳は機能しえない。そして言語の違いを超えて相手を理解するためには、経験の練り込みに迫らなければならない。この「経験の練り込み」については、次回以降ウィトゲンシュタインが提示した「言語ゲーム」に言及しながら、この意味するところを考えてみる。したがって今のところは、同じ人間として経験の練り込みが同じくなる次元と、これが異質となるものに分かれていく次元があり、歴史探求はこの後者の次元にあると理解しておこう。
 先に整理した現代語と歴史用語の関係においては、「中央の儀」は④「現代語と異なる綴りで異質である意味の語彙」のタイプであり、「上意」は④あるいは⑤「現代語と同じ綴りで異質である意味の語彙」のタイプとなる。それでは、この経験の練り込みが現代とは異質である社会の言葉に迫ることは、どのようにして可能となるのだろうか。

 「わかっている」と思っている用語は、理解の足場となり、それが「わかっていない」という想定は省みられることはない。それどころか、理解の足場を疑うあるいはそれが崩れることになれば、それによって理解した多くを危機に晒すことになる。したがって足場となっている用語は、省みられないのではなく、堅い防衛網の中で守られる。そしてそれによって理解した多くが、その現代的真っ当さでもって疑念を打ち払うのである。そのことによって、④と⑤のタイプの用語は現代語に翻訳される。翻訳されるということは、理解できるような現代語に置き換えられるということである。
 笠松氏が示してみせた「中央の儀」は、「決定権者たる権力トップが除外された場における家臣たちの決定が、トップの意志として外部に表明される」に翻訳された。同時に「上意」は、「トップの意志」あるいは「決定権者たる権力トップ」の決定に翻訳された。そしてこの翻訳によって、この言葉の意味が理解され、この時代に決定や命令に関するルール変更があったことを知ることになる。以降では、この言語名称目録観に依存した翻訳を超えて、歴史に到達するように試みる。そのために、翻訳によって「知った」「わかった」「理解した」知識や概念の枠組みを解除し、そうした翻訳用語を使用しないようにする。さらには史料の文脈に限りなく近づくことが必要であるため、この「中央の儀」においては、貞成親王の「中央の儀か」に込められた、切実なる要請について考察することから始めるのが順当だろう。
 貞成親王は、「上意に非ず、中央の儀か」に拘り続けた。それはまるで上意であれば、自らの求める正義が実現されるはずだと確信しているかのようである。親王の意図に即して考えてみれば、ここでやみくもに新たな政治形態への移行に反抗しているわけではない。親王は、自領内で発生した強奪事件が正当に解決されることを願っているわけで、その正当・正義が上意と同等とみなしているのである。つまり「上意であったならば、このような不当な命令は出されないはずである」という確信があって、実際に下された命令を「中央の儀」と疑ったわけである。ところで、笠松氏がこの「中央の儀」という用語に初めて出会った史料の内容は、次のように訳されている。

ところで、もしかしたらこのような不法行為は、中務少輔殿自身は御存知ないことで、中央の儀なのかとも思われるが、どうなのであろうか。本当のところを、貴方から聞いてもらえれば大変有難い。
もしまた、当知行歴然たる在所であっても兵粮米徴集のために下地を押領するのが、当り前のやり方であるというなら、京都で幕府の意向を尋ねてみることにするが。


 ここでの押領のことは、中務少輔自身も知らないのではないかと疑っているが、もしそれが中務少輔自身の命令であるのならば、京都で幕府の意向を尋ねると史料の記載者である経祐は書いている。ここで経祐が問題としているのは、中央の儀かどうかではなく、下地の押領は不当であることをもってその返還を実現することである。経祐にとっては、上意とは正義の命令であって、中務少輔の命令が不当ならばそれは上意ではなく、京都の幕府の意向が上意なのである。先に「上意」という用語の意味を掘り下げて検討したが、その結果、それは現代語の「命令」に翻訳できるものではなく、無制約無条件の命令(この表現のままだと矛盾しているが)として理解しなければならないとした。上意が無制約の命令であるというのは、それが専制体制における命令だからではなく、正義の命令だからという解釈がここから導き出せる。
 「上意」とは正義を実現する命令である、という解釈に立ってその構造をここから考えてみることにしよう。現代の命令においても、非常に強権的な命令が存在する。例えば、死刑制度を敷く国家における死刑執行命令である。これは抵抗できない相手を死に至らしめる行為であり、その命令の適用は厳格である。無抵抗の人間を殺害するという最も非人道的行為でありながら、それは命令として発せられ確実に執行される。なぜこのような命令が成立しうるのかと言えば、それが正義の命令だからである。そしてこの場合の正義とは、国法に反して犯罪行為に手を染めた者を、国法として規定された手続きに則って処罰することである。そして国法における正義の源泉は、国民の合意で制定されたという一点にある。したがって「正義」とは観念的なものではなく、構成員の合意に基づいて力を付与されたものなのである。
 それでは経祐や貞成親王が求めた正義とは、構成員の合意に基づくという現代の正義とは別ものなのだろうか。この両者には、本当の上意であれば正当な命令が下されるはずだという確信があり、それがあって中央の儀という言葉が発せられている。しかしながら、なぜ彼らが望むことが正当であり、またなぜ正当だとして他者からも同意がえられると考えられたのだろうか。それはそのことが立法化されていて、その法律を彼らが知っていたからなのだろうか。経祐は「当知行歴然たる在所であっても兵粮米徴集のために下地を押領するのが、当り前のやり方であるというなら、京都で幕府の意向を尋ねてみる」と述べていた。兵粮米徴集に関しての法律が存在しており、それに基づいて経祐が違法を訴えているのならば、「京都で幕府の意向を尋ねてみる」とはならないはずである。

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by mizuno_clan | 2013-05-25 13:36 | ☆談義(自由討論)